背伸びしてみる景色

5milli/みっしゃん/そのほか

「言葉が必要なんだ」

年が明けて何をしたかといえば、おそらく人様の役に立つようなことはなにもしていない。

実家に帰ってさんざん犬を撫でくりまわしたので、犬の役には立ったかもしれない。

 

本を読み、漫画を読み、Wikipediaを読み、ときどき音楽を聴いたり動画を観た。初詣のおみくじは「吉」だったのですてきな当たり障りのなさだ。

そして休暇最後の日に、ライブを観て映画を観た。

 

わたしには咀嚼が難しい映画であったけれど、不意に飛び込んできて心に住みついたセリフがある。

ある男の嘆き。

「おれには言葉がない。言葉が必要なんだ」

 

少なくともわたしには言葉はある。

なにはなくとも言葉はあるよ。と、おもう。

そしてここしばらく、自ら発した言葉のことを考える。

 

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新年の挨拶

ひさしぶりの会話

 

その、たびたび交わした言葉はだれのもの

だれかに必要とされる言葉を吐くことができただろうか。できるだろうか。

「くじけませんように」

2017年、

台湾、山の上の街、

見上げる空は妙に近くて、雲が風と一緒にものすごい速さで流れていた。

ずっと見上げていると目が回った。

 

紙製の風船を前に、筆を持って、

ここに願い事を書くのだと。

願い事は空に上がり、風に乗って神様のところへ届くのだと。

  

2018年

年が明けしばらくして、ひとりマンションを出た。

歩いてすぐ、町内に小さな神社がある。

提灯とかがり火に照らされる人影はまばらだった。

 

拝殿で一礼二拍手、

さきごろ引っ越してきたご挨拶と、

こういうときは願い事を念じるものだっけ。

受験生のころは非常にわかりやすかったけれど。

 

最近、

はて、願い事ってなんなんだろう。とおもう。

 

叶えたいことはあるけれど、

それはわたしが頑張るしかないものであり。

 

ほんとうにほしいものは願っても手に入らないし、

大切なひとたちは手の届かない場所にいて、

わたしが願わなくたってちゃんと元気で幸せでいるだろう。

 

あの空の上におられるのかこのお社の中におられるのか、

神様、に願い事が届くとして、

わたしはわたしなりにほどほどに、

もがきながら生きていくと思いますので、

ちょっとだけ手助けしてもらえるのならば

 

どうか、

「くじけませんように」